「象嵌」とは、『かたちどり、うめこむ』ことを意味します。埋め込む材料により、呼び名が変わります。金で文字が書かれた鉄製の剣が出土することがありますが、これは金属の象嵌で、「金象嵌」と言います。漆の中に貝を埋め込んだものは「螺鈿」と言います。大理石の象嵌もヨーロッパの教会のフロアーなどに使われており、「マーブル・インレイ」と呼ばれています。「木象嵌」は、木の地板に異なる色の木を埋め込んだものを言います。英語で”ウッド・インレイ”と言いますが、それとは違って表面が平らではなく、接合面を面取りしてレリーフ状にしたものを”インターシア”と呼んで区別しています。 

日本での木象嵌の歴史は古く、正倉院の御物の中に見られます。その象嵌の技法は、『彫刻象嵌』と言って、ノミや彫刻刀を使って色の異なる木を埋め込んでいました。明治の中頃にドイツ製の糸鋸機械が輸入され『糸鋸象嵌』が始まり、糸鋸で切り抜いた板をノミや彫刻刀を使って象嵌していました。小田原で糸鋸を使い薄板を二枚重ねて象嵌が出来るようになり、その技法は東京、静岡、富山、岐阜へと広がりました。象嵌に使う木の厚みが一分(3.3mm)なので、「一分象嵌」と呼ばれます。「薄板象嵌」と呼ぶ人もいますが、私は「一分象嵌」と呼んでいます。一分象嵌は欄間、衝立など大型の一品作品に向いています。

小田原ではさらに独自の進化をし、象嵌されたものを鉋で削り、経木状になったものを木箱の上に貼って商品としました。「一分象嵌」とは違い、一作品から複数枚を作ることが出来るこの技法は、小田原という土地柄、みやげ物として栄えました。更に技術が進歩し、象嵌する板の厚みが増し、「センガンナ」と呼ばれる特殊な鉋も考案されました。小田原で独自に発達した木象嵌を、鉋で削った「鉋屑」で出来ているので、それを逆さまに読んで「ズク象嵌」と呼ぶ人もいますが、私はセンガンナで削るので、「セン象嵌」と呼んでいます。セン象嵌は小型で複数枚できるため価格を抑えることが出来ます。 私は、セン象嵌の中でも最も難しい垂直挽きを行っています。垂直挽きで象嵌すればスライスしたとき初めから最後まで図柄が変わることがありません。2007年に<楽堂象嵌>として、千葉県伝統的工芸品に指定されました。


楽堂象嵌
小田原で生まれたセン象嵌技法は、象嵌師によって木の厚みに若干の違いはありますが、私は五分五厘(17ミリ)の厚さの板で象嵌します。象嵌されたもの(種板)を「セン鉋」と呼ばれる特殊な道具で80~100枚にスライスします。セン鉋を用いて作る象嵌、ということから『セン象嵌』と呼ばれています。スライスされたものを「ズク」と呼ぶことから『ズク象嵌』と言う人もいます。象嵌技法は「傾斜挽き」が一般的ですが、私は、最も難しいとされる「一枚挽き」という技法を使っています。
1975年に私は、朱肉を使った一枚挽き技法を完成させ、これを「楽堂象嵌」と名付けました。

すべての木片が垂直に埋め込まれているので、スライスされたものはすべてが同じ図柄になります。そのあと、台紙に圧着してあるので、湿度による変形はほとんどありません。そして、天然の材料だけを用いているので色あせすることも少なく、年数が経つにつれて深みが増してきます。木の持つ色と木目を最大限に引き出すことが木象嵌の特長ですが、複数枚にスライスされた象嵌は、図柄が同じでも、木目は1枚1枚微妙に異なります。このことから、一つとして同じものはない、とも言えるのです。